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竜を撫でる 08

竜を撫でる ©2023 星子意匠 / UTF.
あらすじ

 「天竜は人語を操り、竜を殺す。」近く成人を迎える王子のレイナードは、パレードで竜に乗る練習のため、地竜に乗る竜屋のディアナと北にある『天竜の滝』へと出かけた。その帰り、他国から突如襲撃を受け、飛竜に乗った正体不明の追手により、ディアナは瀕死の重傷を負ってしまう――。©2023 星子意匠 / UTF.

 

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他サイトでも重複掲載。(外部サイト)

https://shimonomori.art.blog/2023/05/31/std/

 

 

本編

08 竜騎兵

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 スピナーの腹の中で、裸にひんかれて朝を迎えたレイナード。全身に血と獣臭さがこびりつき、服と顔を洗う。

 

 肌着だけはなんとか履いているが、動いていようが寒さで奥歯を震えさせる。

 

 その間、スピナーの背に残った薪を集めてディアナは手際よく火をつける。その仕草は石弓いしゆみで倒れる前の日と同じである。

 

 震えながら飛び散る火の粉に騒ぐレイナード。

 

 ディアナは持ち前の力で地竜の屠体とたいを転がして、分厚い皮を剥ぎ取る。ひと仕事終えると、鍋に雪を入れて湯を沸かし、地竜のふとももの肉をくり抜いた。

 

ディアナ「これを朝食にしよう」

 

レイナード「服を着ろ! せめて下着を」

 

ディアナ「育ちがいいと小うるさいな」

 

 ディアナはレイナードの小言を皮肉って笑った。しかしレイナードはそんな侮辱にもまったく反応しない。

 

レイナード「…これからどうしたらいい?」

 

 頭を抱える。

 

ディアナ「私に思考をゆだねるのか?」

 

レイナード「そうじゃない…
      そうじゃないが…
      どうすればいい?」

 

ディアナ「まずはごはんだ。
     腹が減れば思考はにぶる」

 

 ディアナは荷物の中から余っていたパンを投げつける。当たるとやはり石のように痛いのでレイナードが半泣きで騒いだ。

 

 食事を終えるとレイナードは、半乾きの服で薪を集める。雪の重さで折れたばかりのものは使えない。雪ばかりの土地で、乾いた木を探すのは難しい。

 

 薪を探していれば考えが整理されると思っての行動だった。冷え切ったスピナーの腹の中で、きょうの夜を越えるのはもう難しい。それにディアナが毛皮を剥いてしまっている。

 

 歩いて街へ向かったところで、まだ雪が深く足元が悪い。夜までにたどり着けるかも怪しい。

 

 ディアナは川岸で、スピナーから剥ぎ取った皮にこびりついた脂や肉を取り除き、毛皮を作ろうとしていた。

 

レイナード「毛皮なんか作ったところで
      ひと晩越えられるものか」

 

 その上、毛皮は丸一日掛けて完成するほど容易なものでもない。非現実的な行動に不満が声に出た。

 

レイナード「あいつが、天竜だなんて――」

 

 雪の上を大きな影が走った。空を見ると1頭の飛竜。

 

レイナード「昨日のやつか!」

 

 見上げたところでまた石弓いしゆみの矢が飛んできた。矢は隣の木に突き刺さる。

 

レイナード「まずいっ! ディアナ!」

 

 林に逃げ込み、川沿いを走る。雪の中では上手く走れないが、相手も林の隙間に飛竜を飛ばすことはできない。

 

レイナード「ディアナー! 敵だっ!
      早くっ、隠れろぉー!」

 

 息も絶え絶えに叫ぶ。川にいれば空から見つけやすく、見つかるのも時間の問題だ。

 

 しかし手遅れだった。

 

 偵察の飛竜はすぐにディアナを見つけ、第2射を放った。だがディアナの行動はそれよりも早かった。

 

 天高く跳躍し、飛竜の頭をゆうに越え、竜の太い首をじ折った。搭乗していた竜騎兵は放り出され、岩に身体を叩きつけられる。

 

レイナード「ディアナ!」

 

ディアナ「うるさい!
     わめくと連中にまた見つかる」

 

 竜騎兵は岩の上で、虫の息であった。

 

ディアナ「こいつ、どこの誰かわかるか?」

 

レイナード「知るわけないだろ」

 

 しかし、服装を見ても、汎用はんよう的な防寒着であり、国を示すものも見当たらなかった。

 

ディアナ「傭兵ようへいか?」

 

レイナード「おい! なんで俺を…
      我が国を狙った」 

 

ディアナ「私も狙われたが?」

 

 竜騎兵は右腕と背骨を強く打ち付けて、肺を損傷するほどの重症を負っている。

 

竜騎兵「はぁ…誰だ…お前は…」

 

ディアナ「元気なやつ」

 

レイナード「王子のレイナードだ。
      貴様はどこの所属だ!」

 

竜騎兵「死にぞこないの…王胤おういんか…」

 

レイナード「国は! 王はどうなった!」

 

竜騎兵「ははっ…がはっ…」

 

 昨日のディアナと同じように竜騎兵は血を吐き続け、白目をいてもはや息をするのも難しい様子であった。

 

ディアナ「楽にしてやってもいいが、
     こいつはこのまま川に流せ。
     事故死を装えば捜索はされまい」

 

レイナード「でもなっ!」

 

ディアナ「感情的になっても
     なにも解決しない。
     荷物はありがたくもらっておこう」

 

 死んだ飛竜の背負っていた竜騎兵の荷物には、兵士と飛竜の糧秣りょうまつがあった。

 

ディアナ「やっぱり鶏肉があるな。
     それに変なパンだ」

 

レイナード「干し葡萄ぶどうだ。南部人か…」

 

ディアナ「飛竜を使役してれば、
     それくらい誰だってわかる。
     干し葡萄ぶどうなら我らの国でも
     食ったことあるだろう。
     それに高かったぞ」

 

レイナード「軍のパンに入れるなんて、
      金があるのか」

 

ディアナ「土地柄で安く手に入るだけだ。
     毛皮作りもいてきたし、
     そろそろ雪の家でも作るか。
     おい、レイナード。薪は集めたか?
     私はちゃんと食料を手に入れたぞ」

 

 レイナードは瀕死ひんしの兵士を、言われたとおり川に落とした。

 

レイナード「俺は報復すべきか…」

 

ディアナ「レイナードがそうしたければ、
     勝手にすればいい」

 

レイナード「なら協力してくれ、ディアナ。
      お前は天竜なんだろ?」

 

 飛竜よりも高く跳躍する能力があれば、まだ若いレイナードでもその願いは簡単に叶えられる気がした。しかし、ディアナの返事はレイナードの望むものではなかった。

 

ディアナ「いやだね」

 

レイナード「なんでだ?
      あいつらはスピナーのかたきだろう」

 

ディアナ「スピナーはちゃんととむらった。
     他者の死をお前の都合でもてあそぶな」

 

レイナード「それは…すまない」

 

ディアナ「それに、つまらないだろ。
     人間同士のケンカなんて」

 

レイナード「つまらない…?」

 

ディアナ「そうだ。お前らはつまらない。
     殺し、殺されをいつまでも
     ねちねちと繰り返す連中だ。
     無能なお前なんて
     ここに捨て置いて、
     いっそ他所の国で竜屋として
     過ごしていたほうがマシだ」

 

 岩に腰掛けて頭を抱える。ディアナの言う通り、レイナードは思考を他者にゆだねている。知りえない相手への報復も、皮相ひそう模倣もほうである。

 

 

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竜を撫でる 09(2023/06/08 公開)

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