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5話『青いから』

怪力少女は、まだ知らない。 ©2023 星子意匠 / UTF.

あらすじ

 

生まれつき怪力の少女は、通学途中で遭遇した事故現場でトラックを軽々と持ち上げる。そこで下敷きになっていた変わった価値観を持つ少年との出会いを通じ、学校での些細なトラブル、自分の病気(怪力=障害)や、別れて暮らす家族、そして彼女に欠落していた『愛』を取り戻すための青春物語。 ©2023 星子意匠 / UTF.

 

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本編

5話『青いから』

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■ 05-01 部室:

 

 ◆ 05-01-01 部活の始まり

 

 茶会部の初回活動日。部室棟の前に立つシアンと親友のエマ。

シアン「本当に部室棟ごと、改造してる…」

 工事を終えた部室棟の外観に大きな変化はないが、入り口には道場然とした一枚看板が飾られ、入り口のみならず建物全体に四方八方に防犯カメラが設置されている。

エマ「うわぁ、和室になってるし…
   エアコンまである!」

 本来ならば打ちっぱなしコンクリートの室内にロッカー程度しか設置されていない部室は、土壁風の壁紙が貼られて畳が敷かれている。天井には業務用エアコン。天井はやや低くなったが、間接照明で室内の明るさをカバーしている。

部長「ようこそ、茶会部へ。
   驚いてくれたのなら
   工夫した甲斐があるわ」

シアン「誰だって驚きますよ」

 面食らうシアンとエマ。部長である女子生徒の上羅うえらハナと、副部長、須藤すどうミカがやってきて、正座でふたりを歓迎した。

エマ「いいんですか、こんなにしちゃって。」

 畳が敷かれた室内には、壁がくり抜かれ、隣の角部屋と繋がり、部室には必要ないガスと水道、厨房用の換気扇が増設された。

部長「原状回復すれば問題ないと、
   お祖父じいちゃんも
   仰ってたので大丈夫」

副部長「トイレも建ててたぞ、ハナのやつ」

 隣の角部屋から部室棟の外へと繋がる扉を設け、そこからトイレ直通の廊下まで新設されていた。

エマ「どうなってんの、部長財閥…」

シアン「こんなすごいところ、
    週1回だけの利用なんて
    もったいない」

副部長「そうだろ。そうだろ。
    そういうと思って、
    こんなのも用意してたぞ」

 そういうなり部長と副部長のふたりは立ち上がり、シアンとエマを入り口に立たせたまま隣部屋でハンドルをまわした。

 すると畳が中央を境にして割れ、左右の壁に吸い込まれるように張り付いた。

シアン「本当にどうなってんの…」

副部長「すごいだろ?
    こうすれば勉強部屋にも
    できちゃうんだぜ」

 畳の裏にはイスが折りたたまれて収納されており、スチール製の頑丈なテーブルが床からせり上がった。

エマ「いまさらハナ部長財閥に、
   疑問持ってもしょうがないね」

部長「改めて、おふたりとも
   ご入学おめでとう」

副部長「おめでとう! いえー!」

シアン&エマ「ありがとうございます。」

 隣部屋から取り出した巨大クラッカーを鳴らすふたりに、歓迎の祝福を受けるふたり。

 

 ◆ 05-01-02 幕間

 

 クラッカーで出た紙吹雪を掃除する4人。それから床を畳部屋に戻した。

 

 ◆ 05-01-03 4人のお茶会

 

 シアンは湯呑の高台(底面)に触れ、高台脇を持ち上げるように少し斜め傾けると、反対の手でそれを支え、高台に出来た隙間に指を入れてそっと持ち上げる。それからゆっくり口へと運ぶ。

部長「あれからもう3年も経ったのねぇ」

副部長「いやぁ、この1年、
    シアンの事件を聞かなくて
    寂しかったよ」

 寂しさのあまり、大げさに泣く演技を見せる副部長のミカ。隣でその姿を見て、熱心にうなずく部長のハナ。

エマ「起こしてないよね、まだ」

シアン「まだって言うな」

副部長「入学初日から上級生の腕を
    へし折ったらしいな」

部長「中学の卒業証書を
   壇上で破ったとも耳にしました」

エマ「そういえばやったね」

シアン「腕は折ってません。
    最初から折れてたんです」

副部長「卒業証書はやったのか」

 事実に反論はできず、うめき声を上げるシアン。

エマ「ミカさんのお菓子、
   久々で美味しいです」

 お茶請けはチョコチップクッキー。副部長、ミカの手作り。

シアン「この前、お店のケーキ食べましたよ」

 ミツオに絡まれて早退したシアンを、イサムが見舞いついでにエマが買ってきた。

副部長「なにぃ、言ったら新作作ったのに」

部長「ミカちゃんの、
   まだお店で出せないでしょ」

シアン「このクッキーも美味しいですよ」

副部長「それ部室で作ったんだぞ」

エマ「ここで?」

部長「ミカちゃんのために
   調理器具も揃えたからね。
   材料持ち込んで好きなの作って。
   すべては私のために」

 尊大不遜そんだいふそんである部長、ハナ。

シアン「ふたりとも相変わらずで
    安心しました」

副部長「褒められていると
    素直に受け取るべきか」

エマ「もちろん褒めてますよ」

 ハート型のクッキーを手に取るエマ。

 

 ◆ 05-01-04 彼氏事情

 

エマ「ミカさんもこれだけ美味しい
   お菓子が作れるんだからさ。
   彼氏のひとりやふたりつくって、
   彼氏色に染められるんだと思ってた」

副部長「おらんおらん。
    そんなもの好き」

部長「ミカちゃんにそんな彼氏できたら
   拷問ごうもんにかけて別れさせるべきか、
   ミカちゃんの幸せを考え、
   いさぎよく身を引くべきか。
   悩ましいわね」

副部長「どうしてダメ人間が
    前提なんだ」

シアン「相変わらず重症ですね」

 先程のミカと同じく、ハナがレースの縁がきれいな、サテンのハンカチをくわえて泣く演技を真似る。ふたりとも演劇部ではない。

副部長「そんなことならんから安心しろ。
    ハナこそ縁談は山ほどあると思うが、
    私の耳には一切入ってこないからな」

部長「そんな話はまったくないよ。
   ウチは度を越した子煩悩こぼんのうですからね」

副部長「たしかになぁ。
    虫でも付こうものなら、
    海に沈められるか、
    山に埋められるかもな」

部長「そこまではしないわよ」

副部長「近いことはするのかよ!」

 ハナの発言にミカは驚き、シアンとエマもうなずいた。

 

 ◆ 05-01-05 将来(本題)

 

部長「私達はあと2年で卒業するのだけれど、
   シアンたちは3年間、
   ここ使ってもいいからね」

副部長「あたしが卒業して無職になっても、
    ここなら入り浸れそうだし」

エマ「ミカさんは卒業したら
   どうするんですか?
   お店継ぐんですか? 浪人?」

副部長「なんで既に進学できない前提なんだ」

シアン「そういうのは
    家事手伝いっていえば、
    角が立たないらしいよ」

副部長「変わらんが?」

部長「私は近くの音大で、
   ミカちゃんは製菓学校ね」

副部長「ハナとの幼稚園からの付き合いも、
    高校で最後だぜ」

シアン「もう進路、決まってるんですね」

エマ「わたし全然決まってない」

部長「3年はあっという間ですけど、
   エマさんならいまから
   じっくり考えれば大丈夫ですよ」

副部長「あたしらが気にしてるのは
    シアンの方だけどな」

部長「そうね」

シアン「ですよねぇ…」

 エマもうなずく。

副部長「だが、進学や就職だけが
    すべてでないこともある」

エマ「それってなんですか?」

部長「もしや、結婚?」

副部長「違うわい」

エマ「ニートですね?」

シアン「違うんじゃない?」

副部長「あながちそうとも
    言えんこともない
    やもしれん」

 ミカの曖昧な言葉に顔を見合わせ、首をひねる3人。

エマ「シアンがニートで?」

部長「見世物小屋にでも
   売り飛ばすんでしたら、
   お祖父じいちゃんにねだって
   私がシアンを買いますよ」

副部長「シアンが望むなら
    それもありだよなぁ」

エマ「わたしも欲しい」

シアン「気軽に人身売買しないで!
    部長財閥!」

副部長「とりあえず大学進学とか、
    手に職をつけるってのは
    古い時代の考えだって
    お父上とんが言ってたが、
    進学も就職も
    おざなりにするやつのが
    多いんじゃないか?」

シアン「そうなんですか?」

エマ「わたし、そうなっちゃわないかな」

部長「大丈夫。なにかあれば、
   私が働き口あげるから」

エマ「ありがとうございます」

シアン「おざなりになってるよ…」

 ふたりに流されやすいエマに、さっそく不安を抱くシアン。

副部長「シアンは持って生まれたものがある。
    怪力は障害でもあるが、
    見方を変えれば才能とも呼べる」

部長「才能と呼ぶには可愛げがないわよね」

シアン「トラック持ち上げる
    仕事とかですか?」

副部長「そんな仕事はない。
    けど肉体労働であれば、
    そうした仕事もなくはないだろう」

 そういって、さらに付け加える。

副部長「専用の機械を必要としない
    シアンの能力は魅力的だが、
    替えがきかない。
    専用の機械ってのは常に、
    安全面に配慮した設計がされてる。
    安全面に配慮されない仕事ってのは、
    当然、違法性が高くなるのも注意だ」

部長「ちゃんと調べてるのね」

副部長「後輩思いだろう」

 エマもシアンも深くうなずいた。隣のクラスのスケベこと、ユウジのような力自慢をけしかけるようなジン先輩とは違う。

シアン「そうなんですね。
    この能力って
    どんな仕事が役に立つんだろ」

エマ「シアンの得意なこと…穴掘りとか?」

部長「炭鉱夫?」

副部長「掘ったところで知識がないと
    崩落とか、ガス事故とかあるぞ」

エマ「それなら露天掘り? だっけ?
   なんか現場仕事には向いてなさそう」

部長「漁船なんてどう?」

シアン「船壊しそう」

エマ「ありえるねぇ」

部長「シアンは繊細でもありませんしね」

 ハナからの真っ当な意見に、シアンはぐうの音も出ない。

エマ「ミカさん、もったいぶらずに、
   アドバイスしてくれればいいのに」

副部長「シアンの将来はシアンが
    自分で決めるものだからな。
    能力を活かすっていうのは、
    覚悟の問題でもある。
    エマだって軽々しく
    口出しすることじゃないって
    わかってるだろ」

エマ「はい。そうですね…」

 わかってはいるが、ミカから言われて寂しさを覚えるエマ。

シアン「ありがとう。
    気を使ってくれて」

副部長「まだ時間はあるから、
    焦らなくても大丈夫だぞ。
    でも3年はあっという間だ」

部長「ミカちゃん、焦らせたいの?
   私達では頼りないかもしれませんが、
   相談ならいつでも乗りますよ」

副部長「あたしらも途中で
    挫折ざせつするかもしれんしな」

部長「せっかくいいこと言ったの、台無しね」

 ハナの意見に同意してうなずく後輩ふたり。

 

■ 05-02 自宅:

 

 ◆ 05-02-01 いつもの光景

 

 自宅に帰ってきた叔母、ユカリを出迎えるシアン。神妙な面持ち。

ユカリ「ただいま~」

シアン「お帰りなさい」

ユカリ「お腹すいたー。
    ごはんある?」

シアン「それが…」

格さん「先に謝っておく。すまん」

 半袖シャツに七分丈のズボンを履いたサングラスの男、チューリップ組の常識枠である格さんが、ダイニングから現れた。

ユカリ「きょうはチューリップ組が料理?」

シアン「作るって言い出して」

ユカリ「あっ…この匂い…あのカレーかぁ…」

 廊下にまで充満するカレー臭に、ユカリにも思い当たるフシがある。

黄門様「家主の帰り、待っておったよ」

助さん「いますぐ準備しますよ、お嬢カレー」

 ふたりが席につくと、助さんがテーブルにランチョンマットを敷き、スプーンとナプキンを用意する。

 そこに置かれたカレー。

 円形の白磁の皿に、半球状に盛り付けられるイカスミで炊かれた黒いお米。そして、それを取り囲む爽やかな青色のカレールー。チューリップ組の名付けたお嬢カレー。

シアン「いつみても…」

ユカリ「お腹は空いてるんだけどね…」

 食欲が減衰するような見事な寒色。じゃがいもだけでなく、橙色のにんじんまでも青に侵食され、不気味な色となっている。

ユカリ「でも、作ったひとに感謝して」

シアン「…いただきます」

黄門様「至福!」

助さん「苦労の甲斐がありましたな」

 シアンの言動にいちいち騒がしいチューリップ組の激情家ふたり。

シアン「美味いんだけどなぁ」

ユカリ「そろそろ
    お嬢カレー禁止にしようか。
    たまには普通のカレーが食べたい」

シアン「そういう変なこというと、
    今度は味噌汁が青色になるよ」

ユカリ「無職が料理にこだわると困るわね」

シアン「3人とも無職なの?」

黄門様「違いますわ」

助さん「しかり」

格さん「働いてるの俺だけだぞ」

シアン「ふたりは無職かぁ」

 一番遊んでそうな外見の、格さんだけが働いている奇妙な取り合わせ。黄門様と助さんが、ダークスーツにサングラスをして働いていたのならば、反社と疑われてもしかたがない。

黄門様「わたくしはすでに、
    その領域は超えてますわ」

シアン「左様でございますか」

 両手の指先から光を発して、虚空を見つめる黄門様。

ユカリ「ご飯中は、手品のおもちゃで
    遊ばないでね」

黄門様「家主、申し訳ない」

 指先の道具を外して、いそいそと内ポケットにしまう黄門様。この家ではユカリが一番偉い。

 

 ◆ 05-02-02 進路相談

 

シアン「仕事といえば、変な話をするけど、
    ユカリちゃんってむかしから
    先生になりたかった?」

ユカリ「いや?
    私は宇宙飛行士になりたかった」

シアン「宇宙飛行士ぃ?」

 思わぬ将来像に聞き返すシアン。

シアン「諦めたの?」

ユカリ「体力テストがイヤで
    その道は選ばなかったの。
    そこまでしなくても、
    良さそうだと思ったし」

シアン「えぇ~、それで教師?」

ユカリ「ははは。
    教師はそれこそただの趣味だね。
    姉ちゃんだって仕事は
    趣味の延長だって言ってたもの」

シアン「お母さんも?」

 ユカリは乾いた笑いを浮かべる。シアンの母親はユカリの年の離れた姉である。

ユカリ「私はただ、わからないことを
    自分で調べたいの。
    宇宙飛行士もそのひとつだったけど、
    もっと労せず楽な
    物理の道を選んだだけ」

シアン「それだけ?」

ユカリ「進路のことでしょ? どうせ。
    世の中、仕事なんて
    需要と供給のバランスで
    しかないんだから。
    社会の役に立つとか、
    趣味とか適当に理由つけて、
    好きにすればいいのよ」

シアン「おざなりだ…」

 眼の前の反面教師の話に、昼間の部活での話を思い出してつぶやいた。

ユカリ「例えば、シアンがもし
    勉強が好きで大学も通いたいなら、
    学費を払う相手をちゃんと
    説得させられるような
    適当な理屈をこしらえて、
    相手を上手に丸め込むことだね。
    もちろん脅し以外の方法でね」

シアン「…不純に聞こえるけど、
    反論できない」

ユカリ「そう?
    至ってシンプルよ」

 ユカリは微笑む。

ユカリ「シアンは普通に、
    やりたいことを見つけなさい」

シアン「普通なぁ…」

 ユカリの言葉を咀嚼そしゃくして、シアンは青色のカレーを口へと運ぶ。

 

(5話『青いから』終わり)

次回更新は8月30日(水曜日)予定。

 

■ 05破壊レポート:

 

 今回破壊したもの。

・卒業証書(3月頭)

 

 

6話へのリンク

https://shimonomori.hatenablog.com/entry/nky6/