腐った夢

腐った夢 ©2023 UTF.

あらすじ

ある朝、僕は犬に噛まれた。

可愛がっていた通学途中にいる外飼いの犬に。

僕は腐っている。

遅刻の常連で、真面目に学校を受けない。

くだらない映画を観て、夜更かしをする。

志望校に落ち、仲間外れとなり、

学校に馴染めない不良生徒。

そんなある日、

校舎にヘリコプターが舞い落ちた。

不健全、不良、不条理インスタノベル――。

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文字数：約4,000字（目安８～15分）

※読了目安は気にせず、
　ごゆるりとお読みください。

※本作は横書き基準です。
　１行20文字程度で改行しています。

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ゾンビは犬に噛まれた夢を見るか？
―――――――――――――――――

右手が痒（かゆ）い。
かさぶさができている。

通学途中で右手を近所の犬にまた噛（か）まれた。

いつも可愛（かわい）がっていた
撫（な）でると尻尾（しっぽ）をふって喜（よろこ）ぶ、
庭先（にわさき）に繋（つな）がれた犬。

犬の名前はフレッシュという。
飼（か）い主（ぬし）には会ったことないが、
犬（いぬ）小屋（ごや）にはそう書かれている。

犬種（けんしゅ）はわからないがたぶん中型犬（ちゅうがたけん）の雑種（ざっしゅ）で、
毛（け）は手入（てい）れされておらず、若（わか）くも見えない。

人（ひと）懐（なつ）っこい性格のせいで
番犬（ばんけん）にもなっていない。

高校に通うようになって、
フレッシュと友達になった。

フレッシュだけが友達だった。
そんな友達に今朝（けさ）、噛（か）まれた。
所詮（しょせん）、犬は犬だった。

あくびを２度（ど）も繰（く）り返（かえ）す。

高校生になってからしばらく経（た）つが、
夜更（よふ）かしをする不良（ふりょう）になった。

夜更（よふ）かし程度で不良（ふりょう）と呼べるか微妙（びみょう）だけど、
ろくに勉強もせず、深夜まで起きて
荒唐無稽（こうとうむけい）な映画を楽しんでいる。

第一志望校に落ちたからか、
受験が終わった反動（はんどう）からかは
僕本人でさえわからない。

親父（おやじ）に言わせればこんな映画は
くだらない内容なんだろうけれども、
僕にとっては楽しい逃避（とうひ）先だった。

高校生活は退屈（たいくつ）の繰り返しだ。

第一志望に落ちた先の高校では、
授業は中学校のおさらいのような内容。
くだらない映画の方がよほど有意義（ゆういぎ）だ。

僕はそうして授業を受けず、
だいたいぼんやりと聞いて、
教科書を閉じたまま微睡（まどろ）む。

教師に呼ばれようとも、
嫌々（いやいや）な生徒らに起こされようとも、
僕は無視（むし）を決め込み目を閉じる。

こんな見下（みくだ）した態度（たいど）だから、
僕には友達ができないのだろう。

でも僕は友達を作りに、
学校に来ているわけじゃない。
友達なら犬でも足（た）りる。

こんな牢獄（ろうごく）のような場所で、
得（え）られるものは無い気がする。

空腹（くうふく）と悪臭（あくしゅう）の中で、僕は目を覚ました。

これは毎朝香（かお）る、
フレッシュのうんちの匂（にお）いだ。
匂（にお）いは記憶を呼（よ）び覚（さ）ます。

授業はとうに終わっているのか、
教室には誰もいない。

遠くで黄色（きいろ）い声が聞こえる。
僕はあくびを噛（か）み殺（ころ）して席を立った。

購買部（こうばいぶ）へ昼食の惣菜（そうざい）パンを買いに行く。
惣菜（そうざい）パンは昼休み前に売り切れるからだ。

休憩時間中に買っておけば、昼休みに
残ったアンパンで妥協（だきょう）せずにすむ。

どの教室も生徒が出払（ではら）っている。
体育館（たいいくかん）で集会（しゅうかい）でもやってるんだろうか。

文化祭の準備で看板や装飾（そうしょく）、
衣装（いしょう）やらいろんな物が、
教室内に散（ち）っている。

そんな室内の机（つくえ）やイスは荒（あ）れ放題（ほうだい）で、
災害時（さいがいじ）の緊急避難（きんきゅうひなん）をしたあとにも見えた。
なんせ扉（とびら）や窓（まど）は開（あ）けっ放（ぱな）しだ。

みんな貴重品（きちょうひん）はちゃんと
持っていったんだろうか。

財布（さいふ）を持ち歩いているからか、
僕はなんとも無駄（むだ）な心配をする。

購買部（こうばいぶ）にいるパートのおばちゃんも不在（ふざい）。
財布（さいふ）を持って途方（とほう）に暮（く）れる僕。

それとも僕が寝てる間に、
相当（そうとう）な規模（きぼ）の大災害（だいさいがい）でも発生したのか。

でも購買（こうばい）のショーケースには、
貴重（きちょう）な食料（しょくりょう）が置きっぱなしだ。

仕方なく台に身を乗り出して腕を伸ばし、
ショーケースの裏から惣菜（そうざい）パンを手にした。

人気のローストビーフサンドを掴（つか）んだ。
これは未（いま）だに食べたことがない。

フランスパンのバゲット半分（はんぶん）のサイズに、
上下に分割されたパンから具材（ぐざい）がはみ出る。

牛肉の赤身（あかみ）が厚切（あつぎ）りで何枚も詰（つ）め込（こ）まれ、
レタスとオニオンが申（もう）し訳（わけ）程度に挟（はさ）まった
高校生男子の視覚（しかく）に訴（うった）える人気商品。

このローストビーフサンドは
３年生の不良（ふりょう）たちが授業時間など無視して
取ってしまうのだが、夜更（よふ）かしに慣（な）れた
いまの僕なら不良（ふりょう）に匹敵（ひってき）するかもしれない。

パートのおばちゃんも居ないので、
吟味台（ぎんみだい）にお金を置いて残しておく。

不良（ふりょう）とは思えない善良（ぜんりょう）な行動。
不良（ふりょう）であっても僕は悪人（あくにん）ではない。

無敵（むてき）の小さな優越感（ゆうえつかん）にひたり、
誰もいない静（しず）かな廊下（ろうか）を歩く。

女子と遭遇（そうぐう）した。

知らない２年生の女生徒で、
僕に気づくなり驚（おどろ）き慌（あわ）てて口（くち）を塞（ふさ）ぎ、
近くのトイレに戻ってしまった。

女子って大変だな。
たぶん、事情があるんだろう。

男子にも不意（ふい）の生理現象（せいりげんしょう）が起（お）きるから、
お互い様だと思いたい。

だからつまり、僕の顔を見て
失礼な反応をしたのではないと信じた。

外が騒（さわ）がしい。
バタバタとヘリコプターの羽の音がする。
遠くの空を飛んでいる程度の音量ではない。

向かいの校舎（こうしゃ）を見ると、
屋上に朱色（しゅいろ）のヘリコプターが
人影（ひとかげ）を吊（つ）り下（さ）げている。

この学校にはヘリポートはない。
普通はないし、駐機（ちゅうき）できるところは
校庭（こうてい）くらいしかない。

それから、ヘリコプターが吊（つ）り下（さ）げている
人影（ひとかげ）はひとつではなかった。

人影（ひとかげ）がアリの群体（ぐんたい）のような山となり、
巻き上げ機（ホイスト）から伸びるワイヤーを
無理矢理（むりやり）によじ登（のぼ）ろうとしていた。

大量の群衆（ぐんしゅう）に引っ張られ、
ヘリコプターの高度はみるみるうちに下がって
やがて機体は群体（ぐんたい）の山にしがみつかれた。

まるで映画のワンシーンのような光景に、
僕はローストビーフサンドを持ったまま
呆然（ぼうぜん）と見上（みあ）げた。

ヘリコプターは屋上から
バランスを崩（くず）して中庭に墜落（ついらく）し、
燃料を爆発（ばくはつ）させ、その風圧と破片（はへん）で
校舎の窓ガラスが盛大（せいだい）に割（わ）れた。

耳をつんざく爆音（ばくおん）と共に、
廊下に散乱（さんらん）したガラス片（へん）を見つめる。

現実感のなさに恐怖は湧（わ）かず、
興奮（こうふ）で鼓動（こどう）が高鳴（たかな）った。

僕は声もなく笑っている。

爆音（ばくおん）で聾（ろう）しているから、
自分の笑い声など聞こえないのだ。

だってこんな光景、
誰だって笑うしかない。

それからして、女子生徒の悲鳴（ひめい）が響（ひび）く。

風通（かぜとお）しが良くなったからか、
叫（さけ）び声（ごえ）やら物音が聞こえはじめた。

その音に引き寄せられるかのように、
どこからともなく生徒たちが集まる。

野次馬（やじうま）たちかと思えば、
上体（じょうたい）をふらふらさせながら歩いている。

顔中（かおじゅう）痛々（いたいた）しい怪我（けが）をして血を流している。
爆風（ばくふう）とガラス片（へん）によるものではない。

血色が悪く、目は虚（うつ）ろで、
口を開けっ放しにしている。
そのうえ、ひどい腐敗（ふはい）臭（しゅう）を垂（た）れ流（なが）す。

「ゾンビだっ！」

僕は心の中で叫（さけ）んだ。

映画で見た、ゾンビの格好（かっこう）の生徒がいる。
詰（つ）め襟（えり）の、セーラー服の、メイド服の。
メイド服？

どこかのクラスが文化祭で、ゾンビ衣装の
お化（ば）け屋敷（やしき）とメイド喫茶（きっさ）でもやるのだろう。

提供する食事は納豆（なっとう）、チーズ、ヨーグルトに、
くさやにキムチと発酵（はっこう）食品がメイン。
菌類（きんるい）同士でケンカになるメニュー。

当然ながら酒類（さけるい）の販売はないが、目玉は
世界一臭（くさ）い缶詰（かんづ）めのシュールストレミング。

そりゃ悲鳴（ひめい）も上（あ）がるし、
逃げ出す生徒も居るだろう。

なお、うじ虫チーズ（カース・マルツゥ）は
食品安全（しょくひんあんぜん）上の理由で、残念だが
出入（でい）り禁止（きんし）となった。

などと勝手な妄想（もうそう）を膨（ふく）らませていたが、
ゾンビたちは目の前の僕など無視して
ほかの生徒を追いかけている。

そのゾンビの群衆（ぐんしゅう）の中には、
僕が嫌悪（けんお）している女教師の
草丈（くさたけ）の姿もあった。

草丈（くさたけ）は僕のクラスの副担任で、
学校嫌いにさせた張本人（ちょうほんにん）の中年女だ。

忌々（いまいま）しいゾンビメイクの草丈（くさたけ）を睨（にら）んだ。

　◆

入学して早々（そうそう）のことだ。

クラスの男子どもはどいつも馬鹿なので、
体育の時間の前に、女子更衣室見学しようぜ！
と笑えないことを言い出すやつがいた。

夷山（えびすやま）という、同じ中学の男子生徒だ。
俺も夷山（えびすやま）に見学に誘われたが無視をした。

本人にとっては冗談（じょうだん）のつもりでも、
周囲にとって笑えない話を繰り返す
迷惑（めいわく）な存在がこの馬鹿、夷山（えびすやま）だ。

相手にされないと馬鹿は…夷山（えびすやま）は、
あぁ、お前ホモか…。と言い出すのである。

そのくらいは別にいい。
こいつは、自分にとって気に食（く）わない相手に、
レッテルを貼（は）らなければ生（い）きられないやつだ。

夷山（えびすやま）など相手をしないのが正解（せいかい）で、
中学時代も徹底（てってい）してこいつを無視（むし）をした。

しかしそんな他愛（たあい）のないやり取りを、
事（こと）もあろうに副担任の草丈（くさたけ）は
烈火（れっか）の如（ごと）く怒（おこ）った。

怒（おこ）っただけでは収（おさ）まらず、
生徒全員を集めて体育の授業を中止にした。
もちろん、女子更衣室見学も中止だ。

暴走（ぼうそう）した正義感で草丈（くさたけ）は夷山（えびすやま）を叱責（しっせき）した。

夷山（えびすやま）は叱（しか）られているにも関（かか）わらず、
みんなに注目されることを
喜（よろこ）んで笑っている。

一体なにがこの教師の逆鱗（げきりん）に触（ふれ）れたか
といえば、アウティングだった。

つまり、秘密（ひみつ）を暴露（ばくろ）した、というのである。

アウティングもなにも事実無根（じじつむこん）だが、
草丈（くさたけ）の迷惑行為（めいわくこうい）が原因で、僕はクラスの
全員からゲイ認定（にんてい）を受（う）けたのである。

否定（ひてい）も虚（むな）しいが、嘘（うそ）でも肯定（こうてい）はできない。

夷山（えびすやま）のくだらない冗談（じょうだん）によって
草丈（くさたけ）のヒステリックな説教（せっきょう）で授業が潰（つぶ）れ、
俺は教室内の腫（は）れ物（もの）扱（あつか）いになった。

無視（むし）を決め込んだ俺が悪いのか？

ゾンビの装（よそお）いで化粧（けしょう）と香水（こうすい）の中に、
フレッシュのうんちが混ざった
臭（にお）いを撒（ま）き散（ち）らす草丈（くさたけ）。

よろよろと歩き、迫真（はくしん）の演技（えんぎ）は立派（りっぱ）だが、
夷山（えびすやま）のゾンビは腐（くさ）っても元気に走っている。
知力（ちりょく）か、演技力（えんぎりょく）か、年齢（ねんれい）の差（さ）があるのだろう。

先程（さきほど）トイレに隠（かく）れた２年の女生徒が、
ゾンビたちに見つかったらしく
地（じ）べたを這（は）って誰にでもなく、
助けを求めて廊下（ろうか）で叫（さけ）んだ。

ゾンビたちは彼女を取り押さえ、
引（ひ）っ張（ぱ）り、覆（おお）い隠（かく）すように群（むら）がった。
若いゾンビの中に、草丈（くさたけ）ゾンビまでもが混じる。

やがて群衆（ぐんしゅう）にそっぽを向かれた女生徒は、
引（ひ）き裂（さ）かれた制服と血だらけの
ゾンビの装（よそお）いとなり仲間入りを果（は）たし、
死（し）んで元気に廊下を徘徊（はいかい）した。

　◆

ゾンビはどうして食べ残しをするんだろうか。

深夜にくだらない映画を見ている
僕の疑問は、常にそこにある。

人間が菌（きん）かウイルスに感染（かんせん）すると、
代謝（たいしゃ）が著（いちじる）しく下（さ）がり、脳（のう）と脊髄（せきずい）の
命令系統（めいれいけいとう）を奪（うば）われる。これがゾンビ化。

運動機能（うんどうきのう）は映画などの作品で左右するが、
食欲に支配されて人間を襲（おそ）い、噛（か）みつく。
噛（か）みつかれた人間はゾンビになる。

ゾンビは人間を食べきるわけでもなく、
感染を拡大させるために皮膚（ひふ）を食（く）い破（やぶ）る。

唾液（だえき）に含（ふく）まれる成分を血管（けっかん）内（ない）に侵入（しんにゅう）させ、
神経系（しんけいけい）の壊死（えし）、筋肉の腐敗（ふはい）を促進（そくしん）させる。

こうして新たなゾンビの感染者（かんせんしゃ）、
つまり子供を作る仕組みだ。
宿主（やどぬし）に性差（せいさ）は関係はない。

しかしそんな宿主（やどぬし）は、
死んでいて、腐敗（ふはい）の影響（えいきょう）で動けなくなる。

墓場（はかば）から蘇（よみがえ）るタイプなら、
骨だけでも動けるのだろうか。

それに食欲（しょくよく）が暴走（ぼうそう）して
咬合力（こうごうりょく）がついたところで、
生肉（なまにく）食（く）おうとなるかは微妙（びみょう）だ。

必要なビタミンなら、
野菜で補（おぎな）ったほうが手（て）っ取（と）り早（ばや）い。

異性（いせい）に噛（か）みつけるからだろうか？
そういえば、吸血鬼（きゅうけつき）はそんな設定だ。

他人に噛（か）み付（つ）けば違法（いほう）だ。
遵法精神（じゅんぽうせいしん）すらなくなるわけだ。

昼夜（ちゅうや）関係（かんけい）なく活動するゾンビは、
繁殖力（はんしょくりょく）の旺盛（おうせい）な不良（ふりょう）といえるだろう。

僕も最近は夜更（よふ）かしが原因（げんいん）で、
まともな食事を摂（と）ってない気がする。

獲物（えもの）を見つけて、元気に走り回る
ゾンビたちのほうが健康かもしれない。

惹（ひ）かれる思いで、ゾンビの居なくなった
トイレに行き、鏡（かがみ）で自分の顔を見た。

そこに写（うつ）し出（だ）されたのは、
血の気のない薄（うす）ら白い顔。

落（お）ちくぼんだ目は生気（せいき）を失（うしな）い、
だらしのない口元からよだれが垂（た）れ、
脂（あぶら）ぎった髪（かみ）は親父（おやじ）そっくりだった。

　◆

そんな悪夢（あくむ）で目を覚ました。

ヘリコプターといい、
力（ちから）の入（はい）った文化祭の催（もよおし）しの夢だ。

教室はお化け屋敷の衣装の準備で
盛り上がっていたが、寝ていた僕は
そんな空気に馴染（なじ）めず、こみ上（あ）げる
気持ち悪さに胃液（いえき）を吐（は）き出（だ）した。

嘔吐（おうと）した先が夷山（えびすやま）だった。
僕の机（つくえ）の前で寝（ね）そべってサボっていたのだ。

ヒリヒリと焼（や）け付（つ）くような喉（のど）の痛（いた）みと、
羞恥（しゅうち）によって体温（たいおん）が高まるのを感じた。

僕は聞こえるような小声ですまんと謝（あやま）って、
カバンを肩にかけて黙（だま）り早退（そうたい）しようとした。

枕（まくら）にしていた腕（うで）がしびれ、
カバンのベルトから手がすっぽぬけると
右手の甲（こう）が夷山（えびすやま）の顔面（がんめん）にヒットした。

中指（なかゆび）の拳（こぶし）が丁度（ちょうど）鼻（はな）の下（した）に当（あ）たり、
彼の唾液（だえき）が手についた。

厄日（やくび）だな。僕にとって。

胃液（いえき）にまみれ、激痛（げきつう）に悶（もだ）える夷山（もだえる）は
放（ほう）っておき、僕は教室を去（さ）ろうとしたが、
廊下で副担任の草丈（くさたけ）に捕（つか）まった。

両手を掴（つか）まれ、ちゃんと謝（あやま）りなさい！
と、金切（かなき）り声（ごえ）を上（あ）げられて聾（ろう）する。

その不快（ふかい）な声よりも化粧（けしょう）と香水（こうすい）の
刺激臭（しげきしゅう）に目（め）と鼻（はな）が痛（いた）くなって、
僕は盛大（せいだい）なくしゃみをした。

僕から飛び出た黄緑（きみどり）色をした鼻水（はなみず）が、
草丈（くさたけ）の厚化粧（あつげしょう）を上塗（うわぬ）りする。
斬新（ざんしん）なメイクの完成。

発情期（はつじょうき）の犬（いぬ）みたいに興奮（こうふん）していた草丈（くさたけ）。

急に静（しず）かになったと思えば、
手で顔を拭（ぬぐ）って大声（おおごえ）で泣（な）き出（だ）した。

病院を怖（こわ）がる犬かな？

情緒不安定（じょうちょふあんてい）な年頃（としごろ）なんだと察（さっ）し、
僕は廊下（ろうか）を足早（あしばや）に去（さ）った。

騒（さわ）ぎを聞きつけ、ほかの教室の生徒たちが
ゾンビのように集まる。

トイレから出てくる２年の女生徒と遭遇（そうぐう）した。

夢で見た生徒に似ている気がするが、
彼女はセーラー服姿（すがた）ではなく、
メイド服を着ていた。

夢の中の彼女とは違（ちが）い、学校に馴染（なじ）めている。
そんな彼女に僕などが視界（しかい）に入（はい）るはずもない。

真逆（まぎゃく）の僕は玄関（げんかん）を出て、帰路（きろ）につく。

　◆

犬のフレッシュに会おうと思ったが、
飼（かい）い主（ぬし）の家の周囲はなんだか騒（さわ）がしい。

警察車両（けいさつしゃりょう）が交通整理（こうつうせいり）をしていて、救急車（きゅうきゅうしゃ）やら
防護服（ぼうごふく）の役人（やくにん）らしい姿も遠目（とおめ）に見えた。

そういえば、フレッシュのうんちは
散乱（さんらん）しっぱなしで、掃除（そうじ）の様子（ようす）もなかった。

友達にも会えない寂（さび）しさと、
吐（は）いた直後（ちょくご）の空腹感（くうふくかん）に脳（のう）が支配（しはい）される。

カバンから購買部（こうばいぶ）で買（か）った
ローストビーフサンドを手にする。

掴んだ右手はフレッシュの噛（か）み跡（あと）があった。
そうだ。犬は友達でもなかった。

もう学校に行くのはやめよう。

夷山（えびすやま）にゲロをして不可抗力（ふかこうりょく）とはいえ殴（なぐ）り、
草丈（くさたけ）を鼻水（はなみず）まみれにして泣（な）かせてしまった。

ゲイ扱（あつか）いしてくれた
夷山（えびすやま）と草丈（くさたけ）ならどうでもいいか…。

なんせ、僕は不良（ふりょう）だ。

朱色（しゅいろ）のヘリコプターが
けたたましく低空飛行（ていくうひこう）している。

僕は犬に噛（か）まれた右手を軽（かる）く掻（か）いて、
いつの間（ま）にか買っていた生肉（なまにく）のような
ローストビーフサンドを口（くち）にした。

（了）

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こちらの作品もいかがでしょうか？

掌編小説『腐った血』

https://shimonomori.hatenablog.com/entry/rotten/

来週（05/13）も別の作品を投稿予定です。
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