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1話『従姉のウラ』

このゲームには、ウラがある。 ©2023 星子意匠 / UTF.

あらすじ

 

 「楽しいことしてないのに、死ねないでしょ?」彼女はそう言った。 美大の試験日に入院してしまい目標のないフウガの病室に、いとこのウラが3年ぶりに現れた。クリエイターを目指すと宣言した彼女は、勝負を持ちかけひとつのゲームを作り出すが、そこには別の目的があった――。 ©2023 星子意匠 / UTF.

 

――――――――――――――――――――

 

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本編

1話『従姉のウラ』

――――――――――――――――――――

 

■ 01-01 病室

 

 ◆ 01-01-01 再会

 

 病室の窓の外には雪が降りしきる。

 部屋の明かりも付けずに、ひとりの男の子が、ベッドの上でクロッキー帳に鉛筆を走らせる。花瓶に入った薄桃色のチューリップと、黄色の花がたくさん並ぶシンビジウムをひたすらに描く。

 ひとりだけの病室で、花瓶に落ちた影を描く音が耳を撫で続ける。鼻の不調に時折くしゃみを繰り返すと、病室に酷いノイズが響きわたる。

 ひたすら素描しては、震える手先に納得いかず紙を千切って捨てる。男の子の顔に焦りが浮かぶ。病室をノックする音にも気づかなかった。

 そこにひとりの女性が入ってきた。廊下から入る光に気づき、突然入ってきた見舞い客を睨みつけた。しかし見覚えのある女性の顔と、変わった姿に、男の子の手が止まった。

 女性ははっきりとした目で、男の子を見て微笑む。脱着させた奇抜な髪色に、耳にはゴールドの大きなイヤリング、シルバーのカフが光る。やがて扉が締まる。

フウガ「ウラねえ…?」

ウラ「元気してる?
   こうやって会うの中学以来?」

フウガ「高校の入学式以来ですよ…」

 フウガの入学式。憧れの従姉じゅうしを追いかける形で、偏差値の高い高校に入った。

 入学式の日に、壇上に上がる在校生代表の相倉あいくらウラ。すっきりとした表情を浮かべる彼女を、フウガはただ単純に誇らしく見ていた。

 黒い髪の一本一本が美しく、目を爛々らんらんとさせ、リップグロスで濡れた唇が照明で輝き、その口からとんでもない言葉が出た。

フウガ「入学式の祝辞で、
    学校辞める宣言した
    生徒会長」

 フウガから見たいまのウラは、垢抜けた感が強くなったものの、やはり変わらず大人びていて、それから少し痩せたようにも見える。

ウラ「そうそう。懐かしい。
   じゃ3年ぶりだ」

フウガ「いまでも
    伝説みたいに
    なってますよ」

ウラ「ふふっ、誇らしいでしょ」

 面白がるウラだが、ズレた反応を見せる従姉じゅうしにくしゃみをひとつ。

フウガ「あれから一度も
    顔も見せないで、
    なにしてたんですか!」

 怒りにも似た感情をフウガは意図せずぶつけてしまい、ウラから目を背けた。

ウラ「フウガが病気で入院して
   美大に落ちたからって聞いたから、
   心配してお見舞いに来たのに
   わたしに八つ当たりされても…」

フウガ「ごめん…」

 ウラは事情を知っており、フウガの見舞いにやってきた。急な病で試験を受けられず、浪人が確定したフウガ。病室でできることなどなにもなく、衝動に任せクロッキー帳にやり場のない怒りをぶつけていた。

 その矛先を、無関係のウラに向けてしまったことへの罪悪感で、目を涙でにじませた。バツが悪くまたくしゃみをする。鼻をすする。

ウラ「何はともあれ、
   元気そうでよかった」

フウガ「なにしてたの…3年も…。
    クシュン」

 恐る恐る尋ねて、またくしゃみをした。

ウラ「入学式の日には18歳だったし、
   家を飛び出して、先輩の家に
   泊めてもらいながら
   飲食のバイトしてた」

フウガ「無茶苦茶な…。
    それで…いまは?」

 フウガの問いにウラは笑顔のなかに、気恥ずかしさを交えながらこう答えた。

ウラ「でね、わたし、
   クリエイターに
   なろうと思うの」

フウガ「ふがっ?」

 突拍子もない返答に咳が半端に止まり、フウガの目は点になり、口は半開きのままだった。

ウラ「だって短い人生だもん。
   楽しいことしてないのに、
   死ねないでしょ」

 窓の外で降りしきる雪を眺めて、目を細めていたウラがバッとフウガを見た。その目は薄暗い病室でも、爛々らんらんとしている。

ウラ「それでゲーム作りを
   しようと考えてる」

フウガ「いや、なんで?
    ゲーム? ウラねえが?」

ウラ「ははぁん。
   フウガは無理だと思ってんだ」

フウガ「いや、だって…
    作ったことあるの?」

ウラ「無い」胸を張り、きっぱりと言う。

フウガ「それなら無理ですよ」

ウラ「フウガってば、そんな
   つまんない大人みたいなこと
   言うようになっちゃったのね」

 ウラからため息交じりに冷たい目で見つめられ、否定的だったフウガは口をつぐむ。

ウラ「誰だって初めてはあるんだもの。
   そんな可能性を潰すような言葉が、
   フウガの口から出るなんて
   思わなかったわ」

フウガ「でも、作ったこと
    ないんですよね?」

ウラ「なにも、いますぐ
   エベレスト登山しよう
   って無謀な話は
   してないでしょ?」

 ウラの目標は、エベレストのような世界一の山を登るほどの、身体能力と経験と資産が必要なものではない。

フウガ「いや、でも…」

 絵を描き続けてきたフウガにも、その例え話を理解できるが、否定するだけでなにも言い返せない。

ウラ「それならフウガは
   どうして絵を描いてるの?
   女の子にモテるため?
   あっ彼女出来た?
   それともヌード描きたさ?」

 ウラは床に捨てられたクロッキー帳の紙を拾い上げる。

フウガ「違っ!
    モテるわけないよ、
    美術部の男子なんて」

 照れるフウガの反応を見て、嬉しそうに笑うウラに気づき、アゴを引いてもっともらしい答えを返す。

フウガ「大学に受かるため――」

ウラ「それは手段でしょ?
   絵を描く目的は?」

 適当に述べた理由は、ウラによってすぐに否定される。

 単純な質問に答えられず、フウガは言葉をつまらせた。大学に受かるために、毎日ひたすら絵を描き続けてきたフウガが、ひとりの女性を前にして、その手を止める。

 しばらくの沈黙のあとで、ウラはストールとコートを脱ぎ、病室に電気を点け、イスに腰掛ける。

ウラ「寒いわねこの部屋」

 フウガはクロッキーに夢中で、暖房を点け忘れていたことに気づき、リモコンを手にした。

ウラ「じゃあ、ゲームしよっか」

フウガ「ゲーム? って、そんなのないよ」

 フウガのいる病室は小さな個室で、ゲーム機どころかテレビモニタもない。

ウラ「それをわたしが作るの。
   ここでゲームを作って、
   フウガが認めたらわたしの勝ち。
   負けたフウガは勝ったわたしの
   言うことをひとつきくの。
   もちろん、命令はわたしでも
   出来る範囲だから安心して」

フウガ「そのゲームを認めるのが条件?
    ぼくが認めないだけで勝つのに。
    ウラねえが負けたら?
    わっ! ちょっと」

 ウラは唐突にセーターを腹からめくり、細い腰に巻かれたポーチから紙の束を取り出した。

ウラ「負けたらこのお金を
   フウガにあげる」

 フウガの足先に3つの紙幣の束。

ウラ「このお金でひとり暮らしするでも、
   予備校と美大の学費にしてもいいわ。
   受かればの話だけどね」

フウガ「どうしたのさ、こんなお金」

ウラ「働いて稼いだんだよ。
   でも贈与税がかかるから、
   いきなり全部は渡せないわね」

フウガ「ちょっと待って」

 あまりのことに、理解が追いつかない。

ウラ「わたしにはできない
   って思ってるんでしょ?
   だからいいんじゃない。
   さっそくゲーム作りを
   はじめましょうか」

 

 ◆ 01-01-02 道具作り

 

 ウラは病室を見回す。ゲームの材料、アイディアになりそうなものはない。

ウラ「花…は千切っちゃダメだよね。
   トランプもないし…」

 ぽつりと呟く。

フウガ「いや、それよりなんで
    家出なんてしたの?」

ウラ「家出じゃないわよ」

フウガ「え?」

ウラ「どっちかと言うと、絶縁? 勘当?
   もうわたしは相倉あいくらの子じゃない。
   祖父に啖呵たんか切ってね」

フウガ「祖父って…あの?」

ウラ「そう。笑ったよ。
   フウガにも見せたかった。
   茹でダコみたいになって怒って。
   そしたら高血圧が原因で倒れて入院」

 むかしの従姉じゅうしからは思い浮かばないほど、祖父をののしり、それを思い出して笑う。

 そんな彼女の姿が奇妙で、力の抜けたフウガはクロッキーを手元から落とした。

ウラ「あっ、紙があるか。
   フウガ、それ千切って
   もらってもいい?」

フウガ「千切る?」

ウラ「10センチ角くらいの大きさで、
   だいたい親指の先から根本まで、
   トランプのサイズ。
   とりあえず12枚かな」

 クロッキーを1枚千切り、端を綺麗にして半分に折り分断し、さらに半分に折り分断してを繰り返し、1辺が親指ほどの長さの紙片をつくる。

フウガ「これで、なにするの?」

 ウラはなにかを考えているが、ゲームに関心のないフウガには想像がつかない。

ウラ「もっと紙片を作って」

フウガ「まだ作るの?」

ウラ「今度は42枚」

フウガ「そんなに? クロッキー
    残り、もうないよ。
    買ってこないと」

ウラ「それなら、これより
   もっと小さいやつで」

 フウガは言われたとおり、先程作った10センチ角の紙よりもさらに小さな紙片をつくる。

フウガ「クジでも作るつもり?」

ウラ「それもひとつのゲームだけど、
   もっと駆け引きがあって、
   単純明快なのがいいかな」

フウガ「駆け引き?」

ウラ「サイコロってないよねぇ…。
   しょうがない、アプリ落とすか…」

フウガ「これは?」

ウラ「おぉ、鉛筆。
   2本あるから、それ使えるね。
   賢い賢い」

 ウラからの褒められ方が子供扱いであったので、フウガはそれを快くは思わなかった。

 まだ幼なかったころに、姉ぶったウラによく頭を撫でられた記憶が蘇る。

 ウラは10センチ角の大きめの紙に、1から6の数字を書く。フウガはサイコロに見立てた六角柱の鉛筆の面に同様の数字を書いた。

ウラ「この6枚から1枚だけ選んで、
   相手の選んだ紙を
   サイコロで当ててくのはどう?」

フウガ「当たってないってウソつける」

ウラ「あー、だよね。でも、
   そういうゲームもあるよね。
   ウソの札に対してダウトとか」

 ウラの提案するゲームの漠然とした内容に、フウガは顔をしかめる。

フウガ「こんな紙切れで
    本当にゲームに
    なるの?」

 大小の紙切れと2本の鉛筆。フウガにはただの数字を当てる遊びの楽しさが理解できないが、ウラはうなずきながら嬉しそうにしている。

 

 ◆ 01-01-03 ゲームの3要素

 

ウラ「わたし、むかし
   兄になじられたの、思い出した。
   ゲームなんてやってると
   バカになるって」

 学校ですごろくを作った幼き日のウラだが、兄のカイによってビリビリに破られた悲しい記憶。

 ウラの兄であるカイはフウガの従兄じゅうけいにあたる。母親が姉妹という繋がりだけで、幼い頃以外の記憶はあまりない。

フウガ「カイさんへの当てつけで、
    クリエイター目指すんですか?」

ウラ「わたし、そんな性格悪くないでしょ」

 フウガはなにも答えなかった。3年近くも会っていなかったウラのいまの姿に、彼女がなにを考えているのか、フウガには想像がつかない。

ウラ「知ってる? ゲームってね、
   だいたい3つの要素で
   出来てるんだよ」

フウガ「知りませんよ。
    僕はゲームしませんから」

ウラ「その3つっていうのはね。
   1つは目標」

 言われてドキリとするフウガ。彼はウラに、美大を目指していた理由を答えられなかった。

ウラ「相手のゴールにボールを
   多く入れた方が勝ちとか、
   相手から逃げきった方が
   勝ちみたいな」

フウガ「それもゲームですか?」

ウラ「広義ではね」

 サッカーやバスケットボールなどのメジャースポーツだけではなく、単純な鬼ごっこなどを例に出す。しかしそれは単なる『遊び』であって、誰もが想像するゲームではない。

ウラ「で、2つ目が手段。手段は
   遊びと言い換えてもいい。
   野球ならバットを使うとか、
   雪合戦なら雪玉を当てるとか」

 数字を書いた紙と2本鉛筆、サイコロを手にする。

フウガ「雪合戦も?」

ウラ「相手に雪玉を当てるって
   目標があって、雪玉っていう
   手段があるんだから、
   あとは投げて当てたら勝ちでしょ?」

フウガ「そうかもしれないけど。
    じゃあ3つ目は?」

ウラ「3つ目はコスト」

フウガ「コスト…? って費用?」

ウラ「代償って言い換えた方が、
   わかりやすいかもね。
   山を登るっていう目標、
   登るために必要な道具、
   かかる費用や時間」

 フウガが作った小さな紙片を手にして、サイドテーブルに並べた。ゲームを構成する3要素が出来上がる。

ウラ「そこに得るものと
   失うものがある。
   名誉や達成感に対して、
   お金だったり、練習の時間、
   もしくは命を削る。
   だからゲームであっても、
   目標に向けて真剣になれる」

 そんなウラの言葉が、絵を描くことに目標を失っていたフウガの胸を締め付けた。

ウラ「もちろん、ゲームに命をかける、
   なんて言ってるわけじゃないよ。
   所詮ゲームはゲームだもの、
   それをどう楽しむかが重要」

 顔を上げ、目を輝かせるフウガに、ウラは口元を緩ませる。

ウラ「これは元プロの受け売りだから、
   あんまり真面目だと照れるね」

 ウラは手元の紙を千切って両目にあてて、気まずさをごまかした。

ウラ「これで、ゲームの出来上がり」

 ゲームの完成に少し興奮ぎみのウラは、顔を紅潮させて微笑んだ。

 

 ◆ 01-01-04 ゲームの概要

 

ウラ「まず数字を書いた大きな紙。
   1から6までを手札にして、
   これでサイコロの出る目を
   お互いに予想するわけだけど、
   相手と同じ目は選んじゃダメね」

フウガ「どっちかが当てたら勝ち?」

ウラ「どっちも当たるかもね」

フウガ「どっちも?」

ウラ「サイコロは2つ振れるから。
   予想した目が当たったら、
   出た目の分だけ
   こっちの小さい紙を
   相手に支払うルール」

フウガ「ふたりが予想するのに、
    サイコロ2つもいるの?
    簡単に当たらない?」

 長さの異なる鉛筆2本。それぞれ別の目を選べば、サイコロ1つでハズレの確率は3分の2になる。

ウラ「予想した目の出る確率は、
   6回に1度とはならないから。
   だいたい50%超えれば
   いい感じかなぁ」

 フウガが試しに鉛筆を2本振ってみたが、頭の中で予想通りの数字は出ず、2回、3回と試してようやく出たので、ウラの言に納得してうなずいた。

ウラ「先攻か後攻、どっちかを決めて
   出る目を交互に予想する
   大きな紙の手札を1枚出す。
   ただしサイコロを振るときに、
   1本につき1枚のチップを支払う。
   あ、小さい紙をチップと呼ぼう」

フウガ「同じ目が
    ふたつ出たら?」

ウラ「いいとこに気づいた。
   予想した目が
   ふたつやよっつ出たら、
   その目の分だけチップを払って」

フウガ「いきなり6の目を予想して、
    その目が4個も出たら
    相手は破産?」

 手持ちのチップはわずか21枚。

ウラ「そうなるね。
   でも3か4の目を予想して
   その目を出していれば、
   同じ目がいくつも出ても
   ひとつ分にしてくれる。
   これは特殊ルールね」

フウガ「特殊ルールって
    ほかにもあるの?」

ウラ「あるよ。もちろん。
   1なんて出して当てても、
   サイコロ振るだけで赤字だもの。
   1か2の目を予想して当てたら、
   支払ったチップが回収できる。
   相手が予想してなかったら総取り」

フウガ「お互いに選んでたら、
    分配?」

ウラ「うん。そうなる。
   溜まったチップが奇数だったら、
   2を出してたひとが端数もらえる」

フウガ「当たらなかったら?」

ウラ「当たるまで手札に残る。
   お互いにサイコロ振ったら、
   予想は変えてもいいよ。
   それから5か6を当てたら、
   相手の予想した札が外れても
   手札に戻させずに破棄ね」

フウガ「先攻が予想した
    5か6を当てたら?
    後攻はもう破棄ですか?」

ウラ「後攻もサイコロを振って、
   予想の目が出なければ
   そこでようやく破棄ね」

フウガ「なんとなく、わかりました」

ウラ「先に手札を無くすか、
   チップを切らさなければ
   勝ちになるってわけ。
   こんな感じのゲーム」

フウガ「これがウラねえのゲーム?」

ウラ「だいたいのルールは理解した?」

 説明を聞いて理解はできたものの、フウガは首をひねる。ゲーム機どころかテレビモニタもないこの病室には、2種類の紙片と鉛筆しかない。

 ウラは硬さだけが取り柄のパイプ椅子から、フウガのベッドに大きなお尻を乗せる。

 思いがけないその行動に、フウガはギョッとする。

フウガ「…どうしたの?」

 間近に座るウラの香水の爽やかな匂いに、フウガは無意識に鼻をふくらませる。

ウラ「ここでやっちゃおっか」

フウガ「え…は?」

ウラ「作ったゲームって、
   遊ぶためにあるんだよ」

 

 ◆ 01-01-05 ゲームプレイ

 


ウラ「ベッドの方が
   座り心地がいいしね」

フウガ「そうですね…」

 わずかでもやましい気持ちを抱いたことに嫌悪を感じ、フウガは平静さを保つことを心がけた。

ウラ「わたし先攻でいい?」

フウガ「はい、どうぞ…」

ウラ「まずわたしの予想は5ね。
   フウガは?」

フウガ「え…じゃあ3?」

 ウラはルールの通り、5と書かれた大きな紙片をテーブルに出した。フウガもそれにならい、別の数字を選び出した。

ウラ「そうだね。
   で、わたしは
   チップを2枚支払って
   サイコロをふたつ振る。
   あっ! 見て、
   5がふたつも出た」
(5:相手の予想した札を破棄できる)

フウガ「不正疑惑だ…」

ウラ「言いがかりー。
   ほらフウガの番
   これでフウガが外せば
   10枚貰いね」

フウガ「じゃあ2枚払って…。
    あ、3が出た。
    これでウラねえの出目
    ひとつ分ですよね」
(3:相手の目が複数出てもひとつ分に。)

ウラ「不正ね…」

 ウラは怪訝けげんな顔をする。

 ウラの予想した5も出たが、3が出たために1つ分になり、悔しさのあまり言われたことを言い返した。

【1巡目結果 先攻5,5 後攻1,3】
ウラ:先攻予想5
 手札残5枚
 チップ24枚(+5 ダイス-2)
フウガ:後攻予想3
 手札残5枚
 チップ17枚(-2 ダイス-2)
貯蔵チップ:4枚(+4)

フウガ「次は僕が先攻?」

ウラ「そう、フウガが選んだ数字は、
   わたしが選べなくなるから」

フウガ「5かな」

ウラ「そうそう。
   じゃあわたしは3で。
   はい、振って」

フウガ「あっ、1と5です。
    ウラねえ
    ふたつ振りますか?」
(5:相手の予想した札を破棄できる)

ウラ「もちろん振るよ。
   ちゃんと3が出るから! でっ…」
(3:相手の目が複数出てもひとつ分に。)

 ウラの表情は固まる。

フウガ「出ませんでしたね。
    これで僕が逆点ですね」

【2巡目結果 先攻1,5 後攻1,4】
ウラ:後攻予想3
 手札残:4枚(特殊ルールによる破棄)
 チップ:17枚(-5 ダイス-2)
フウガ:先攻予想5
 手札残:4枚
 チップ:20枚(+5 ダイス-2)
貯蔵チップ:8枚(+4)

ウラ「いいわよ、次は6出すから」

フウガ「それなら4で」

ウラ「ほらっ! ゾロ目!」
(6:相手の予想した札を破棄できる)

フウガ「12枚も…あっ」

 ウラが喜んでいたのもつかの間。フウガが振った鉛筆に、目を点にする。

ウラ「うそっ! 6出たのに
   なんで4も出るの!」
(4:相手の目が複数出てもひとつ分に。)

フウガ「これで帳消しですね」

ウラ「疑惑が濃厚になった」

 ウラは口元に悔しさをにじませる。

【3巡目結果 先攻6,6 後攻6,4】
ウラ:先攻予想6
 手札残:3枚
 チップ:21枚(+6 ダイス-2)
フウガ:後攻予想4
 手札残:3枚
 チップ:16枚(-2 ダイス-2)
貯蔵チップ:12枚(+4)

フウガ「はい、次は
    ぼくが6ですよ」

ウラ「わたし、2でチップ狙い」
(2:支払われたチップを回収できる。)

フウガ「出ますか?」

ウラ「これまで2は出てないから
   そろそろ出るころだと思う」

 ありもしないメガネを持ち上げる仕草で、インテリ家庭教師を演じる。高校受験のときはよくこれをしていた。

フウガ「そういう見方も
    あるんですね。
    僕はハズレです」

ウラ「2、出ろ!」

フウガ「あ、6出た」

ウラ「あー、わたしの2は?」

フウガ「ハズレなんで、
    破棄ですよね」
(6:相手の予想した札を破棄できる)

 インテリ家庭教師の面目丸つぶれ。

【4巡目結果 先攻3,4 後攻3,6】
ウラ:後攻予想2
 手札残:3枚
 チップ:13枚(-6 ダイス-2)
フウガ:先攻予想6
 手札残:2枚
 チップ:20枚(+6 ダイス-2)
貯蔵チップ:16枚(+4)

ウラ「うぅ…1だ…1しかない…」

 ウラの手札には1と4の2枚しかない。

フウガ「チップはまだ余裕ですよね。
    僕は2で」

ウラ「いやでも、1が出れば挽回できる…
   って出ないし…」
(1:支払われたチップを回収できる。)

フウガ「あ、2がふたつも出た」
(2:支払われたチップを回収できる。)

ウラ「不正だ! 不正!」

フウガ「いたっ」

 ウラはフウガの二の腕に細い肩をぶつけ、不満をあらわにする。

【5巡目結果 先攻6,5 後攻2,2】
ウラ:先攻予想1
 手札残:2枚
 チップ:13枚(-4 ダイス-2)
フウガ:後攻予想2
 手札残:1枚
 チップ:42枚(+22)
貯蔵チップ:0枚(-18)

ウラ「フウガは残り1枚か…
   4来い!」

 目が血走っている。

フウガ「結構順調でしたね」

ウラ「わたしが出してあげてるのよ」

フウガ「ありがとうございます。
    これで2が出れば、
    僕の勝ちですよね。
    あれ」

ウラ「やったー! 4ふたつも?
   ありがとう。わたしサイコロ1つ
   チップ1枚の支払いね」
(4:相手の目が複数出てもひとつ分に。)

フウガ「あ…2」
(2:支払われたチップを回収できる。)

ウラ「ひどい!」

 涙ぐむウラ。

フウガ「これで僕の上がりです」

【6巡目 先攻4,3 後攻2】
ウラ:後攻予想1
 手札残:2枚
 チップ:12枚(+6 ダイス-1)
フウガ:後先攻予想2
 手札残:0枚
 チップ:38枚(-2 ダイス-2)
貯蔵チップ:3枚(+3)

ウラ「誰? このゲーム作ったの」

フウガ「ウラねえ自身ですよ?」

 昔の張り詰めていた空気とは違い、表情がコロコロと変わるウラの新たな一面に、フウガは久々に笑ったのであった。

 

 ◆ 01-01-06 別れの時間

 

ウラ「あー負けた、負けた」

フウガ「違うよ」

 フウガはまたひとつくしゃみをする。

フウガ「この勝負はぼくの負け。
    ウラねえはちゃんと
    ゲームを作ったから」

ウラ「いいの?
   わたしの言うこと
   なんでも聞くんだよ?」

 ウラは目を細めて蠱惑こわく的な表情で微笑む。

フウガ「いや、それは…うーん…」

ウラ「それなら、そういうことにして。
   でもフウガが居たから出来たんだよ。
   このゲーム」

 フウガの足元に置いた札束をお腹に巻いたポーチに回収し、ウラはコートを着て帰りの支度をする。

ウラ「それじゃあ帰るね。
   長居しちゃったし、
   フウガも早く治しなよ」

フウガ「ウラねえ
    今度はいつ会える?」

 会ってどうとは考えてはいなかった。3年ぶりに会って、笑い合って過ごした時間が懐かしく、思いついた言葉がそのまま口に出て、フウガは自分自身で驚いた。

フウガ「へくしっ」

ウラ「あーあ。入院長引くぞ」

 ウラはフウガの熱を帯びた額に手を当てた。

ウラ「そんなに心配しなくても、
   退院した頃にはまた会えるわ」

 そう言ってウラは、フウガの額にかかった髪をかき上げて唇を当てた。

ウラ「さらばだ~」

 あまりのことに目を見開いて驚くフウガ。さっときびすを返すと、耳を赤く染めたウラは、病室の電気を消して帰ってしまった。

 フウガは呆然と扉を見つめて、そのままベッドに倒れる。ベッドのフレームに首をぶつけた。夢のような時間に、喪失そうしつ感を覚え、拾ったクロッキーに絵を描く余力もなく、焦燥感さえも消えてしまった。

 口づけされた額に手を当てると熱さに驚く。

 それからしてひどく発熱し、布団のなかでくしゃみを繰り返した。

 

■ 01-02 退院

 

 ◆ 01-02-01 移動

 

ウラ「退院のついでに卒業おめでとう。
   って…背、伸びたねぇ」

 遅かった成長期を終えたフウガのほうが、身長はウラよりもやや上になった。

 昼過ぎの病院で待ち構えていたウラ。先日の見舞いのあとで風邪をこじらせ、フウガは卒業式の当日まで入院していた。

 そんなフウガを出迎えたのは母のカヤでもなく、3年も音信不通だった従姉じゅうしであった。

フウガ「…どうしたの? ウラねえ

ウラ「やっぱりカヤさんの話、
   聞いてないね」

 病院のロータリーにあるタクシーに乗り込み、ウラは運転手にスマホの地図を見せて渡す。

フウガ「母さんはどうせ仕事でしょ」

ウラ「カヤさん再婚したんだよ」

フウガ「えっ? 再婚って?」

ウラ「職場のひとだって。
   そんで、引っ越したから
   フウガの帰るお家は
   もうありませーん」

フウガ「いやいや…」

ウラ『だってフウガってば、
   お絵かきばっか夢中で
   私の話なんてぜんぜん
   聞いてくれないもの』

 涙を目ににじませて、フウガの母親の真似をするウラ。それが妙に似ているので、フウガはとても恥ずかしくなった。

 高校のいつごろからか、美大を受験すると決めて、3年生になってからは夜遅くまで予備校に通った。

 それは母子家庭で育ったフウガが、唯一の家族といえる母、カヤとのコミュニケーションをないがしろにした結果だった。

 フウガはあまりの事態に理解が及ばず、目の前が真っ暗になり、車内で頭を垂れて両手で抱えた。

 受験の失敗。病気による入院。卒業式の欠席。同時に親の再婚。浪人生。今後の目標。住所不定無職。フウガには抱えきれない、様々な問題が頭の中で渦巻く。

 

 ◆ 01-02-02 到着

 

ウラ「ねぇ、聞いてる?」

フウガ「なんですか?」

 ウラに頭を撫でられて、フウガはようやく顔を上げた。懐かしい手の感触。

ウラ「もう着いたよ」

 車窓から見える、見覚えのない住宅地の景色。いくつかの駐車場をもつアパートの前。

ウラ「ここがフウガの新しいお家ね」

 ウラは2本の鍵を取り出して、1階にある角部屋の扉を開ける。そしてその1本をフウガに手渡した。

フウガ「え?」

ウラ「そんでここが、
   きょうからフウガが、
   わたしと一緒に暮らすお部屋」

 狭い玄関を上がるウラ。

フウガ「いや、待って?」

ウラ「だってフウガ、
   言ったじゃない。
   ゲームは、わたしの
   勝ちなんでしょ?」

 目は柔らかく微笑み、口角を上げるウラの顔をフウガは見つめ、部屋の扉はゆっくりと閉まった。

 

(1話『従姉のウラ』終わり)

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あとがき


次回更新は6月21日(水曜日)予定。

 

2話へのリンク

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